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ITALY NEWS
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2010/12/31 



  イタリアの日本人
  GIAPPONESE IN ITALIA  

イタリアで「年間最優秀ソムリエ」賞を受賞したミシェラン3星レストランの日本人ソムリエ


「リストランテ・ダル・ペスカトーレ」
プリモソムリエ
林 基就 氏(Mototsugu  HAYASHI)  



●ソムリエの仕事との出会いについてお話し下さい
1975年、京都の生まれですが、名古屋で育ちました。大学は工業大学電気工学科でしたが、サービス業が好きだと思い始めたのは19歳で、名古屋にある秋葉原のような大須電気街でアルバイトをしていた頃です。ステレオやAV機器を販売する店でお客様に商品をご説明して販売するのが楽しいと感じました。ソムリエという仕事に関心を持ったのはやはり大学時代で、名古屋のフレンチ・レストランのサービス部門でアルバイトをしていた頃です。

そのフレンチ・レストランのオーナーは若いころに東京の有名レストラン「マクシム」で「ギャルソン」1期生をした方でした。「ギャルソン」というのは、レストランのサービス職があまり重要視されていなかった時代に、フランスのギャルソン(イタリアのカメリエーレ)という仕事をフロアのサービスのプロとして養成をはかろうとしたものです。
オーナー・シェフのようにシェフがお店を持つことはあっても、サービスのプロがレストランを経営されているお店は少ないです。その方がフロアーでサービスされる何気ない姿がとても新鮮で恰好良く映りました。そしてレストランの「サービス」という仕事に関心が芽生えました。このお店で2年間カメリエーレをし、そうしているうちに「ソムリエ」という仕事の存在を知りました。1996年の頃です。また、田崎真也氏が世界ソムリエコンクールで日本人として初めて優勝したこともあり、ソムリエという職業が身近になりました。大学を卒業したら外国、特にヨーロッパで働きたいという想いがあり、フランス語の勉強やフランスワインの勉強をはじめました。

そのころ、名古屋市出身の小谷悦郎氏が1990年半ばにミラノのフォーシーズンホテルやアイモ・エ・ナディアでソムリエとして従事された後、1996年にグアルティエロ・マルケージ氏のレストランでプリモ・ソムリエをされ、1999年に名古屋へ戻ってこられた際にお会いする機会がありました。それがきっかけで、小谷さんのようにミシェラン星付きのトップレストランでソムリエをしたいと思うようになりました。 前述のフレンチ・レストランはイタリアン・レストランも併設していたため、そこでカメリエーレとして従事しました。イタリア料理がブームでしたがイタリアワインについてはあまり情報が入らなかった為、イタリアに行ってイタリアワインの勉強をしたいという思いが強くなり、現地でソムリエになるという決意をしました。
1998年に大学を卒業し、1年間名古屋にあった「ジラ・ソーレ」というイタリアン・レストランで働きました。そこはオーナーがミラノ近郊ローディ出身のイタリア人のオーナー・シェフで、最初はカメリエーレ、続いてマネージャーとして働かせて頂き渡航資金をを貯めました。

●イタリアにいらしてからのソムリエのお仕事は?
2000年4月にイタリアに来ました。それまでフランスワインの勉強はしていましたが、本格的にイタリアワインの勉強をするため、AIS(イタリアソムリエ協会)のコースに入りました。
その後、ミラノのブレラ地区にあるアルカディアArcadiaという店で働きはじめました。その店は2000年10月にオープンしたばかりのエノテカ兼ワインバーで、イタリア人のオーナーと二人でIKEAで棚を買って吊ったりと一緒に店づくりに取り組みました。ワインの購買方法などもその際に勉強しました。また、ワインの品評会やワイナリーに頻繁に訪れ生産者のブドウ造りにかける情熱や、ワインをより安全に高品質に造り上げるための最新技術の説明など現地でしか得られない経験をしました。フランチャコルタのスプマンテ、ピエモンテの赤ワイン、アルト・アディジェのフルーティなワインなども、フランスワインに置き換えて考えることができましたが、イタリアだけの情報で勉強する難しいと感じました。日本に居るほうが、南アフリア、チリ、オーストラリアなど世界中のワインの情報が入ります。多くの国からワインを輸入し、世界のワイン情報を幅広く知ることができるのは日本人の特権だと思います。その意味では日本ではいわゆるニューワールドのワインについての勉強はしやすかったと思います。

<グアルティエロ・マルケージ氏のレストラン>
2001年8月に、「グアルティエロ・マルケージ」で働き始めました。2003年の11月まではブレーシャ県フランチャコルタにある本店で働き、その後同ローマ支店に移り、2004年夏まで従事しました。私はイタリア最高のシェフのもとで働きたいという想いがありましたが、マルケージ氏はイタリアで最高のシェフであるとともに最もカリスマ性のある方です。彼のもとには素晴らしいスタッフが集い、日々研鑽を積んでいます。その素晴らしい人望があったからこそ、1986年にイタリアで初め3三ツ星を獲得したのだと思います。多くの若いスタッフも、次のステップを目指して頑張りたい、もっと成長したい学びたい、という人間ばかりなので非常に新鮮で多くの刺激を受けました。優秀な人材が集まっており、本当に同僚に恵まれました。仲間の同僚からワイナリー周りに誘われ、一緒に訪問して勉強をしました。マルケージ氏の店からは、現在のイタリアを代表するスター・シェフが幾人も育っています。そういう方たちと親交が私の財産ですし、なによりサービスの原点に触れることができたと感じています。高級レストランの仕事の仕方も学ぶことができました。

<トラサルディのオープニング>
2006年6月、ミラノのスカラ座脇にある「トラサルディ・アッラ・スカーラ」がリニューアル・オープンしました。それに先立ち、マルケージで2005年までシェフを務めていたアンドレア・ベルトン氏がシェフとして招かれました。ベルトン氏の必ず星を獲得するという強い想いに共感し、オープニングの際のプリモソムリエとしての招へいに応じました。改修工事などで数ケ月かかりましたが、その間、白紙の状態からワインリストを作り上げました。この時は本当に沢山の勉強をしました。まず、300のワイナリーをピックアップし、そこから2,000アイテムのワインをセレクトしました。オープニング時にはさらにここから500アイテムに絞り発表しました。普通のレストランで用意されるワインリストは多くても200種類ほどですが、これまで得た生産者とのパイプをいかし、倍以上の500アイテムのワインリストを用意しました。お店のエントランス左側に「Cantina della visita」というガラス張りのワイン・セラーをつくりました。中を白ワイン、赤ワインと二つの部屋に分け、温度と湿度調整を完璧な状態にしました。このスペースの設計もエンジニアと一緒に詰めました。ワインリストのセレクトも好評で同業者からも高く評価して頂きました。ワイン専門のガイドブックやレストラン関係のジャーナリストの方々からも大変高評価を得ることができました。

<「ダル・ペスカトーレ」へ>

「トラサルディ・アッラ・スカーラ」での私の仕事ぶりを聞き「ダル・ペスカトーレ」のオーナーでありアントニオ・サンティーニ氏が私を訪ねて来てくれました。 「トラサルディ・アッラ・スカーラ」での私の仕事ぶりを聞き「ダル・ペスカトーレ」のオーナーでありアントニオ・サンティーニ氏が私を訪ねて来てくれました。そして、ダル・ペスカトーレのプリモ・ソムリエが辞めるので「ダル・ペスカトーレ」来てくれないかという話を頂きました。トラサルディはまだ星を獲得しておらず、星を獲るまではここでプリモ・ソムリエを続けるんだという私のけじめもありましたが、日本人のソムリエがミシェラン3星レストランで働くということは前例がないことだっただけに、二度とないチャンスと思いオファーを受けることにしました。2007年2月のことです。後ろ髪をひかれる思いでした。

●ソムリエの仕事とはどのような内容なのでしょうか
そのお店で扱うワインの構成を企画し、具体的なワインのリストを選び、管理していくことが基本にあります。

「ダル・ペスカトーレ」オーナー、
アントニオ・サンティーニ氏と

日常的な仕事としては、ワインだけでなくすべてのアルコール類の在庫管理があります。そしてワインリストのプライス管理、ワインの「オン・リスト」の管理もあります。 ワインは毎年ビンテージがかわりますので、毎年ワインを注文するという仕事があります。
ワインセレクトですが、オーナーが長年お付き合いしているワイナリーは引き続きセレクトしていく傾向があります。同時に、毎日のようにワイナリーからの売り込みがあります。今回ガイドブックで賞を獲ったので試してもらいたいというのもありますし、オーナーがワイン協会のスポンサーから試してほしいというものもあります。その際、ワインリストに同じ地域、同じビンテージのものが偏らないよう、全体のバランスを考えてセレクトしていきます。試しに1・2ケース分、お客様へお出ししながら反応を見ることもあります。ただ、ワイン自体がよくても、レストランの地域性、雰囲気、お料理との相性などのマッチングも大事ですので、1回の発注で40本以上はオーダーしません。通常在庫の薄くなったワインの補充ですので24〜30本程度です。

現在、「ダル・ペスカトーレ」のワインリスト(オン・リスト)には1,000アイテムのワインを載せており、お客様にはそこからセレクトしていただきます。構成としてはイタリアワインが80%、フランスワインが15%、その他が5%程度です。ワインリストは頻繁に変えます。ビンテージも変わりますし、消費してなくなってしまうものもあります。長年使っているアイテムもありますが、在庫の関係もありますので月に1・2回はワインリストを更新する必要があります。お店での価格は、スプマンテは80ユーロ前後。シャンパン150−200ユーロ。白ワイン50−90ユーロ。ソアベ、フランチャコルタ、フリウリのワインなどが中心です。赤ワインは80−150ユーロ。ピエモンテとトスカーナがメインです。

毎日の仕事は10時から始まります。前日の整理、空けたワインの後片付けに始まり、グラスの準備、ワインの準備、在庫管理、納品チェック、ワイナリーへの発注などです。

●「ダル・ペスカトーレ」について
ミシェランの三ツ星を15年間獲り続けており、イタリア最高峰といわれているレストランです。オーナーの奥様が厨房を担っている、文字通り家族経営のお店です。 お店は8テーブルしかありません。平均25名様程度で最大30名様までです。お客様は金曜日と週末に集中しており、のんびりゆっくり召し上がっていただいております。

「ダル・ペスカトーレ」


お店は市街地ではなく、田園地帯にあり、ゆったりとした場所にあります。お昼は12-13時から始まり17-18時くらいまでくつろがれる方もいらっしゃいます。お客様に最高の時間を楽しんでいただくためにサービスをしています。月、火と水曜の昼まで休みを頂いています。週末は1週間から1ケ月前にご予約で埋まります。
ワインに凝るお客様は多いです。外国からいらっしゃる方の半分ほどは地方のワインをオーダーされます。
イタリア人は常連の方が半分近いでしょうか。ミラノ、パルマ、マントバ、ヴェローナ、ブレーシャ、ボローニャ、ベルガモからも大勢いらっしゃいます。いずれも1時間から1時間半程度の距離にあります。
「ダル・ペスカトーレ」の名物料理、カボチャのトルテリッリ

企業のオーナーや幹部の方々も大勢いらっしゃいますが、土日のお昼などは家族連れの方も多いです。

各テーブルのカメリエーレとしても動きます。ワインの相談はオーナーと私が受けます。90%以上のワインは私が開けます。

●ソムリエになる条件はどのようなことでしょうか
第一にサービスが好きなこと、これが最も重要です。第二にお客様が何を求めているのかを理解でき、それに応じることができる引き出しを持っていること。もちろん時にはお応えするが難しいご要望もあります。第三にワインが好きであること。ワインが好きならほっておいてもワインの勉強はしますよね。

●多数あるワイン、林さんはワインをどのように評価しているのでしょうか。
私は、イタリアワインに慣れるにしたがって、自分の中にワインの「引き出し」ができあがってきました。それぞれのワインを香り、色、味で、「引き出し」に分類しています。たとえば香りについていうと、花、スパイス、野菜、果物系など細分化して分類します。色と味についても同様です。ですから見知らぬワインであっても、そのヴィンテージ、ぶどうの品種、生産者などが分かれば、その香り、色、味を想像することができます。トラサルディのワインセラーを構成する際の、2,000アイテムのワインをセレクトした経験が役立っています。
この「引き出し」があるので、一つのワインについて、そのワインの過去を推測したり、どのように変化していくのかという未来をイメージすることができます。

●ソムリエをなさってのやりがいとは
これまで経験した3つのレストランそれぞれで私のポジションは違いました。
「グアルティエロ・マルケージ」では、見習いからはじまり上司のソムリエのサポートをしていました。従って、最低限指示されたことをやっていればよかったわけですが、ここで私はワインサービスの基礎を学ばせて頂きました。


次の「トラサルディ・アッラ・スカーラ」では、プリモソムリエとしてワインに係る仕事は全て私に任されており、私の責任で行う立場で仕事をしました。無我夢中で働きましたが、実際の仕事が評価されていくにつれ、大きな喜びと自信になりました。ゼロベースで創り上げていく仕事であり、ダメでももともとと割り切って自分の信念に従いチャンレジしました。その時の経験と充実感は今の自分にとって大変大きいと思います。
現在の「ダル・ペスカトーレ」では、評価されて当たり前という立場にあります。3星レストランという期待値の高い店のソムリエであるので普通のソムリエ以上のことを求められます。
 「ダル・ペスカトーレ」店内で

また、現在頂いている評価を維持するのはもちろんのこと成長させていかなければならないという使命もあります。イタリアでミシェランンの3星を15年間維持しているのは当レストランだけですので、いわば他のレストランから目標とされる立場にありとても神経を使います。何時もサービスに完璧とフレンドリーさを両立させなければならず大きなプレッシャーとう緊張感で、精神的にはここが一番大変だと感じています。そんな中、イタリアで一番長くレストラン格付けガイドブックを発行しているエスプレッソ社の2010年版ガイドブック「I Ristoranti d’Italia 2010(Le Guide de L’espresso)」で「エスプレッソ誌年間最優秀ソムリエ」に選出して頂きました。イタリア国内においてイタリアの方々が私を評価して頂いたことに大変な感謝と喜び、そして10年間イタリアでソムリエを続けてきた事を嬉しく思いました。そうしたことから、お客様も私のサービスをより一層信頼し、楽しみにして来られる方が増えました。

●イタリアでソムリエをしていく上でのむずかしさとは
イタリアで日本人やアジアの人々がソムリエを務めていることに、一瞬ひいてしまうお客様いらっしゃいます。『こいつにワインのことがわかるのか?』という不信感をもつ方も確かにいらっしゃいます。また、有名レストランで修行しににきているアジアからの研修生と思われてしまうこともあります。そのようなレベルのスタッフと話をしてもしょうがないと先入観をもたれてしまうこともあります。東洋人は若く見られますし、厳しい目で見られる場合も多く、「ロ・コノスコ」(Lo Conosco)といわれてしまうこともあります。

反対に、慣れている方であれば、私を信頼して下さる方が多いです。外国人であるにも係らずイタリア語でソムリエのサービスをしていることで、イタリア人のソムリエより評価して頂ける方もいらっしゃいます。『こんな日本人がいたのか。』、『一人のソムリエとして尊敬する。』と評価して頂いたとき、この地でこの仕事をしてきたことに誇りと喜びを感じます。

●今後の目標は?
日本に戻りソムリエの仕事をすることも考えましたが、私が日本で仕事をすることでどのような価値を生み出すことができるのかと考えました。自分自身の成長の糧となったイタリアワインへ何らかしらの恩返しをしたいと思い、現地でソムリエとして働くものが、その魅力を日本の皆様にお伝えするにはどうしたら良いものか、生産者と飲み手をどのように繋げばよいのだろうかと考え、オンライン・ワインセレクトショップ「Vino Hayashi Store」を立ち上げるに至りました。
日本に紹介されるワイナリーは限られおり、その情報も限定的なものです。ボトルの背景にあります、ワイン生産者やその家族のストーリー、生産地の特色や、造り手の情熱等を丁寧にご紹介することで、飲み手の皆様がより深くワインをお楽しみいただけるサービスを提供したいと考えております。当Webサイトでは私がインタビュアー/テイスターとなり、現地ワイナリーでの取材や、エノロゴ(醸造家)・オーナーとの対談、テイスティングを実施したムービー (動画)をご覧頂くこともできます。会社組織は弟等と設立しました。私が現地でアイテムのセレクトや解説を担当し、弟が物流とWebサイトの運営を担います。株式会社Vino Hayashi( http://www.vinohayashi.jp)が運営しております。

●プライベートな御生活は?
2009年3月、ミラノ在住ソプラノ歌手で愛知県出身の加地早苗(かち・さなえ)と結婚しました。現在家内はイタリアの地元の合唱団の指導やコンサート、日本各地でのコンサート活動で忙しい毎日です。家内は残念ながらお酒は苦手で、ワインはほんの一口ほど嗜む程度ですが、それでも違いを楽しんでいるようです。今では私自身もオペラやクラッシック音楽を聴くようになり、レストランのお客さまと、オペラの話に花が咲くようになりました。

(聞き手:JIBO編集部 大島悦子)

ダル・ペスカトーレ
Dal Pescatore
Loc. Runate 
46013 Canneto sull’Oglio (MN)
Tel 0376 723001 Fax 0376 70304
www.dalpescatore.com


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